日本庭園『結界』の知恵。多忙な日々で心整う空間の区切り方
多忙な日々を過ごす中で、自宅が単に「寝に帰る場所」になっている、あるいは物が増えてしまい心からくつろげない、と感じている方は少なくないかもしれません。仕事のメールが気になったり、家事が山積みだったりすると、なかなか心穏やかに過ごす時間が持てません。ミニマルな暮らしに憧れはあるものの、どこから手をつけて良いか分からない、時間がない、というお悩みもよく伺います。
現代の住まいで、忙しい日常に心地よい「区切り」を作り、心穏やかな時間を取り戻すヒントを、日本庭園の「結界」という考え方から探ってみましょう。
日本庭園における「結界」とは
日本庭園には、物理的な境界線だけでなく、目には見えないけれど意識として区切られた「結界」のような空間が存在します。これは、神聖な場所と日常の場所を分けたり、特定の空間に足を踏み入れる際に心持ちを切り替えたりするために設けられるものです。
例えば、茶室へ向かう「露地」は、塵世を離れて非日常へ入るための道筋であり、ここを歩くことで心が整えられます。また、蹲踞(つくばい)の周りは清めの場として特別な意味を持ち、石の配置などによって周囲の空間から区切られています。
これらの「結界」は、単なる仕切りではなく、その場所の持つ意味を高め、そこにいる人の意識を集中させ、心静かに向き合うための装置とも言えるでしょう。限られた空間の中に、意識的な区切りを設けることで、その場の価値や体験の質を高めているのです。
多忙な日々に「結界」の考え方を取り入れる
この日本庭園の「結界」の考え方は、現代の私たちの住まいにも応用できます。物理的な空間だけでなく、情報や思考にも区切りを設けることで、多忙な日々の中でも心穏やかな時間を作り出すことが可能です。
1. 物理的な空間に小さな「結界」を設ける
自宅の中に、目的や過ごし方に応じて意識的な区切りを作る工夫です。
- 仕事と休息の空間を分ける: 在宅ワークをしている場合、仕事用のデスク周りだけは常に整理整頓しておく、特定の時間以外は座らない、といった物理的・時間的なルールを設けます。完全に部屋を分けられなくても、パーテーションや棚で視線を遮ったり、ラグを敷いてエリアを明確にしたりするだけでも効果があります。
- 心落ち着く「聖域」を作る: 窓辺に小さな椅子を置く、お気に入りの絵を飾った壁の前に立つ場所を作るなど、自分が心落ち着くための小さな空間を意識的に作ります。そこでは深呼吸をする、お茶を飲むなど、心身をリセットする行動を習慣づけます。この場所は常に綺麗に保つように心がけます。
- 玄関で気持ちを切り替える: 帰宅時に玄関で一度立ち止まり、外の埃や疲れと一緒に仕事の悩みもそこに置いてくる、という意識を持つだけでも、内と外の気持ちを切り替える「結界」になります。好きな香りを焚いたり、季節の小さな飾りを置いたりするのも良いでしょう。
2. 情報や思考に「結界」を張る
常に大量の情報に晒されている現代において、情報との向き合い方に区切りを設けることも重要です。
- デジタルデトックスの時間を作る: 「この時間以降はスマホを見ない」「寝室にはスマホを持ち込まない」など、意識的にデジタル機器から離れる時間や場所を作ります。通知をオフにする時間帯を決めるのも効果的です。
- 「考え事の時間」を決める: 仕事の悩みやタスクについて考える時間を意図的に作り、それ以外の時間は考えすぎないように意識します。これは簡単ではありませんが、頭の中で常に「仕事モード」になっている状態に区切りを作る試みです。
3. 季節を感じる場所を「結界」として整える
多忙な中でも四季の移ろいを感じることは、心の潤いにつながります。季節の変化を意識する場所を「結界」として整えることで、より深く自然と繋がることができます。
- 窓辺を季節の「結界」に: 窓の外の景色を眺める時間を意識的に作り、木々の変化や空の色、光の移ろいを感じます。窓辺に季節の枝ものや花を一輪飾る場所を決めておけば、そこが季節を感じるための小さな「結界」となります。
- 玄関やニッチに季節の飾りを: 玄関やリビングの小さな棚(ニッチ)など、特定の場所にだけ季節の飾り(お雛様、端午の節句の飾り、秋の紅葉や木の実、冬の枝ものなど)を飾ることにします。飾る場所を決めることで、物が無闇に増えることを防ぎつつ、季節ごとの楽しみを明確な「結界」として意識できます。
小さな「結界」がもたらす心への効果
このように、住まいや日常生活の中に意識的な「結界」を設けることは、多忙な私たちに多くの恩恵をもたらします。
空間や情報に区切りを作ることで、心は今目の前のことに集中しやすくなります。仕事のモードからリラックスモードへ、あるいは日常モードから季節を感じるモードへと、心のスイッチを切り替えるきっかけが生まれます。これにより、限られた時間の中でも質の高い休息や、心満たされる瞬間を得やすくなります。
また、意識的に整えられた小さな空間や習慣は、私たちに「立ち止まる時間」を与えてくれます。これにより、常に時間に追われているような感覚から少し離れ、自分自身の心と向き合うゆとりが生まれるのです。
まとめ
日本庭園の「結界」という考え方は、単に物理的な仕切りにとどまらず、空間に意味を与え、そこにいる人の心持ちを整えるための知恵です。この考え方を現代の多忙な住まい方に応用することで、自宅の中に心穏やかな時間を作り出す「区切り」を設けることができます。
物理的な空間の整理、情報との向き合い方、そして季節を感じる場所を意識的に整えることから始めてみてはいかがでしょうか。これらの小さな「結界」作りは、特別な時間や労力を必要としません。日々の暮らしの中で、ほんの少し意識を向けること、場所や習慣に小さな意味付けをすることから始められます。
このような工夫を通じて、多忙な日々の中でも、ご自身の住まいが心休まる、そして四季の移ろいを感じられる豊かな場所へと変わっていくことでしょう。無理なく、ご自身のペースで心地よい「結界」を見つけてみてください。